マインドフルネス革命



マインドフルイーティング。レーズンを手のひらに乗せ、じっくりと眺め、ゆっくりと口に入れ、口の中で転がして、ゆっくりと味わう。代表的なマインドフルネストレーニングの一つ。レーズンをこのような方法で味わうのは人生初だ。

これがマインドフルに食するということ。マインドフルネスは健康、幸せの秘訣として人々の心を捉えているだけでなく、数々の研究がその効果を次々と証明している。レーズントレーニングは1979年にジョン・カバット・ジン(マサチューセッツ工科大学の科学者)が開発したマインドフルネスストレス低減法(MBSR)の一部。今や認定講師は1000人近くにのぼり、アメリカではほぼ全州、世界30ヵ国以上に広がる。レーズントレーニングの意味は、一度に一つの事に留まって従事するということがいかに難しい時代に生きているかということ。テクノロジーのおかげで、注意力はいくつもの領域に散らばっている時代。子供のサッカーの試合中に仕事上の質問に答えたり、テレビを見ながら買い物をしたり、渋滞中に夕食を注文したりする。誰もが忙しく時間が足りないと見える時代。デバイスのお陰で我々は一度に色々な空間に居ることができる一方、望ましい状況に身を置くことが殊の外難しくなっている。

マインドフルネスはこの状態に働きかけるものだ。このテクニックは忙しいマインドの状態を落ち着け、今この時に注意を注ぐことを可能にし、過去に起こったことや未来のことに心が囚われてしまう状況を防ぐ。認知療法士は不安や鬱障害などの治療に用いるが、より一般的にはストレス対策に効果的とされる。

しかし、マインドフルネスを単なるセルフケアと捉えるのは、その効果の及ぶところの潜在性を正しく見ていないといえる。また、瞑想というイメージを含むこのトレーニングがシリコンバレーの起業家、フォーチュン500に選ばれる資産家、ペンタゴンの軍人から政治家にまでが受け入れられている理由の本質はもっと別のところにある。

注意散漫が偏在する現代にあって、マインドフルネスのプラクティスは全くもって理に叶った反応なのだ。なぜなら、人類共通の普遍性に訴えているから。目的は今行っていることに完璧に注意を差し向けるというそれだけのこと。マインドフルに働く、マインドフルに子育てをする、マインドフルに勉強をする。マインドフルに運動をする、食べるということもできる。大手銀行のチェイスは消費者にマインドフルな消費行動を教育している。

私たちの注意力がさらに散漫になるという傾向が留まる気配はないばかりか、時計やメガネまでに組み込まれ、我々の視界に絶え間ない刺激を与え続ける。これらの日常的な刺激の猛攻撃に感情的、実際的に対応するツールとしてマインドフルネスは必須のものだといえる。マインドフルネスのスキルが21世紀を生き延び、成功するための鍵であるならば、2分かけてレーズンを食べるトレーニングは全くもってバカバカしいことではない。

脳の配線を組み直す

MBSRの受講者の受講動機は様々である。受講料は350ドル。仕事の忙しさで一旦立ち止ったり、リセットする時間とれず、抗不安剤の処方を受けたという20代の女性。育児休暇中の女性は以前より「今という瞬間に生きる」ことが出来るようになり、子供とより近くにいることができるようになってきたというものの、まだ葛藤中。ソーシャルワーカーの男性は患者の人生相談から生じる自らのストレスのために受講しているという。

マインドフルネスを知るために受講した私だが、自分のストレス緩和になればという期待もあった。小さな子供を持ちながら働く親として、生活はますます忙しくなるばかり。そして他に漏れず、つねにテクノロジーと過度につながっている。iPhoneにBlackBerry、職場ではデスクトップコンピューター、自宅にはラップトップコンピューターにiPad。スクリーンから離れる時間は殆どない。

外界と繋がる絶え間ない衝動を鎮めることは容易ではない。MBSRのインストラクターは二つの小さな鐘を瞑想の始まる合図として鳴らす。最長40分に及ぶこの時間は苦しい。インストラクターが呼吸に集中するよう促すのだが、私の頭の中では思考の猛襲が続く。家族のこと、室内の音、さらにはこのクラスのことをどう記事にしようかなどと考えが止まない。

ある日の授業はマインドフル歩行だった。教室内で小さな円を作り、ペースを合わせてゆっくりと歩く。「踵と床との接地面を感じてください。そして、足の裏がつま先まで全てついてしまう事を感じてください。」携帯をオフにして見えないところに置いていても、一週間の予定や、メールの返信が気になって仕方がない。MBSRのインストラクターによると、このように随意的に起こる注意散漫はごく普通のことで、目の前にある事柄から心が逸れていることに罪悪感を感じる必要はないという。マインドフルネスでは、むしろ、注意が逸れたということに気づく、そのこと自体が重要であって、更にはマインドフルという言葉の意味するところだという。

マインドフルネスをこれまでのストレス対策に変わる新時代の処方と見る人もいるかもしれないが、マインドフルネスは東洋の哲学、仏教に基づいている。しかし、マインドフルネスが社会の本流になろうとする流れの背景には、二つの点で伝統哲学と明らかに違い、実際的な要因があるということが挙げられる。

一つ目は賢明なマーケティング方法だ。マインドフルネスを提唱する際、カバット・ジンらは霊性に関わる言及を避け、一般常識に通用するアプローチをとり、注意力を筋肉に例えたのである。筋肉と同じように、注意力も練習(この場合瞑想)が必要で、筋肉と同じように、練習をすれば強化されると。

社会に懐疑性をもたらすことなく、支持を得ることができたのは、脳は適応し、配線を組み替えることができるという科学の絶大な後押しがあったからだ。脳の可塑性として知られるこの特性は、脳はトレーニングすることで具体的で確かな効果がもたらされるというものだ。科学的研究は、特にマインドフルネスの分野では、これからという部分が大きいのだが、マインドフルネスが単なるブームで、ごまかしだとはいえない理由が他にもある。

科学的な証拠に支えられ、マインドフルネスは、通常は市場に売り込むことは難しいとされる心身の健康に関する哲学の分野において、従事する人々が拡大し、しっかりとした一つの市場となっているのだ。NIHの報告では、2007年に、MBSRを含むマインドフルネスに基づく代替医療に70億ドルが注がれた。また、「Mindful」という雑誌の売れ行きも好調で、マインドフルネスに関するアプリも多く存在する。

ファイナンシャルアドバイザーのコンサルタント業を営むスチュアート・シルバーマンは、マインドフルネスにより24時間、週7日休みない仕事をこなすことができるようになったという。1日に数百のメールや電話を受ける。金融の暴落による金融業界の不安は2008年にピークに達したが、危機が和らいできても極度にストレスが残った。2011年に、顧客とマインドフルネスのリトリート(修養会)に参加した。ニューヨークの北部で行われたキャットスキルで四日間のリトリートでは、携帯を預け、瞑想、グループディスカッション、静座、ヨガ、マインドフルに食事を無言で行った。「たったの四日間だが、人生が変わる経験」とシルバーマンは言う。

キャットスキルプログラムはジャニス・マチュラーノ(ジェネラル・ミルの元副社長)が同社在籍中に企業内で始めたマインドフルネスのプログラムだ。彼女は2011年には同社を去り、マインドフル・リーダーシップ・インスティチュートを立ち上げた。2006年に管理職向けにプログラムを導入して、約500人がプログラムに参加し、社内には瞑想ルームが各建物に設置されている。また、彼女は2013年にはダボス会議でマインドフルネスの研修セッションを開き、Finding a Space to Lead(マインドフルなリーダーシップのための実践集)という本も出版している。彼女が知っているほとんどのリーダーたちは、長時間労働と24時間ネットワークに繋がった状態に悩まされていた。このような状況で、大事な要件や今後の計画に費やすことのできる時間はゼロに等しいようだと彼女は言う。

リーダー達の状況を示す研究結果がでている。それによると、マルチタスクは全体としての生産力を弱めるという。コンスタントにスピードをもって同時に複数の仕事をこなしている学生や労働者は、情報の取捨選択能力が低下するうえ、間違いの頻度が高くなるという。労働者の多くは休日でも十分に休めなくなってきている。最近の調査では、半数以上のアメリカ人労働者は、週末メールをチェックするし、長期休暇中でも4/10はそうだという。携帯を意図的に見ていないだけなのだと周囲が分かってくれるのを期待するのは難しい。マチュラーノ氏は、「テクノロジーは我々の能力を超えている」と話す。

シリコンバレーがマインドフルネスの講座や学会の最も盛んな地域であるということは逆説的に聞こえるかもしれない。ウィズダム2.0というマインドフルネスの年次学会は2009年に325人の出席者だったが、開催局は今年の参加者を2000人以上と予測している。ジョン・カバット・ジンの他、Twitter、InstagramやFacebookの関係者も出席する。Googleは車内にSearch Inside Yourselfというプログラムを展開している。車内のエンジニアがマウンテンヴューにある本社で7週間プログラムとして年に4回開催している。このコースで、数千人のGoogle社の職員は瞑想をはじめ、注意を集中させるテクニックを学び、創造性や大きな思考をするための精神的なスペースを作り出す。

これはある程度理にかなっている。エンジニアはアスリートと同じように「完璧に集中」してコードを作成する。これをマインドフルネスのインストラクターは、今に生きる、今に注意を払うことの典型というだろう。(Appleの共同創業者のスティーブ・ジョブズは、瞑想が集中を保ち、周囲の雑音を払った直接的な要因と話す。)これらの世界級のエンジニアが我々を注意散漫にする機器やソフトウェアを作り出しているのだが。

しかし、最近テクノロジーがこの解決に寄与するという面での進展が見られる。iTunesにはマインドフルネスは瞑想に関するアプリがたくさん存在する。その中の一つがHeadspaceだ。2010年に元僧侶のイギリス人、アンディ・プディコムが創業、続いて2013年にはロサンゼルスにベンチャーキャピタルを集めて起業した。同社はアプリで無料コンテンツを配信し、ウェブ上のビデオ講座の購読を売る。「マインドのための会員制ジム」と題して、アンディ・プティコム自身がマインドフルネスの考え方や瞑想を教えている。

「ただしいい使い方をしなければならないというアウェアネスを身につければ、スマホは何ら害ではない。プラグインすることで、プラグオフする仕組みだ。」とプディコムは言う。

ストレスが減る科学

(中略)

最近の研究からは、瞑想やマインドフルネスの修養がコルチゾールレベル、血圧を下げる、免疫力を高める、また、遺伝子の発現に影響するのではないかということが分かってきている。さらに、瞑想することにより、脳自体の構造が変わるという研究も示されている。脳は経験に基づいて変化しうるということ、また、成人に達すると成長しないと考えられていたのが、成人後も成長を続けるということが分かってきたので、脳科学者たちは、ストレスや、トラウマ、断続的な刺激によりもたらされる脳への障害が、瞑想やマインドフルネスによって改善するかを証明しようとしている。科学的研究による成果を受け、MBSRをはじめ、種々のマインドフルネスに基づくプログラムの導入が、企業をはじめ、公的機関でも急速に広がっている。

「僧侶の衣をまとった人の話は聞かない人も多い文化といえるが、人々は科学の実証に関心を寄せている。」ウィスコンシン大学のリチャード・デイビッドソン博士は言う。博士らは僧侶の脳波を測定し、10,000時間以上瞑想経験のある僧侶は経験のない人より脳内の機能的な結合が多く見られ、ガンマ波も強い、つまりより意識レベルが高い、という論文を発表している。

多くの人は僧侶ほどの瞑想時間はないが、そこまでの瞑想経験がなくても、記憶力やマインドの注意散漫に大きな効果があるということが分かっている。

初期のマインドフルネスに関する研究資金はほとんどが民間のものであったため、2007年にNIHは、より強力にこの分野の研究に投資していくことを明確にした。社会不安障害から、人パピローマウイルスへの免疫反応、癌による疲労などに対するMBSRの効果が研究対象であった。2003年には論文数52から、2012年には477本と飛躍的に増加した。

マインドフルネスが社会の本流に

オハイオ州選出の民主党員、ティム・ライアンはマインドフルネスの提唱者で、2012年に「マインドフル国家」という本を出版した。また、2013年には、彼の選挙区の公教育にマインドフルネスを導入するということで、100万ドルの連邦資金を獲得した。また、米議会で瞑想セッションを主催したり、マインドフルネスに関する講義を行っている。

教育者の間でもマインドフルネスが広がっている。デジタル時代にあって、子供達の注意力のスパンも短くなっていることを鑑みると、良いことではないだろうか。(平均的なアメリカ人の子供で、一月3000のメールを送受信)マインドフルスクールは、オンラインで教育者向けにプログラムを提供している。マインドフルネスのプラクティスで子供達の集中力を高め、ストレスと付き合う方法を教えるプログラムだ。2010年に開始以降、これまで300,000人の生徒を対象に実施され、アメリカ48州、43カ国の教職者にプログラムの提供を行っている。

「マインドフルネスが本流になることを常に願っていた」とジョン・カバット・ジンは言う。マインドフルネスのバイブルFull Catastrophe Living(日本語版:マインドフルネス・ストレス低減法、春木豊訳)は、初版1990年だが、つい最近改訂された。今年11月に、カバット・ジン博士は北京を訪れ、250人の中国人学生、僧侶、科学者向けのリトリートで指導した。「多くの国で、文化で、人々が突き動かされる形で目覚めてきている。科学の力によるものだ。」と氏は言う。

人生の声を聞く

MBSRコースは21時間の受講時間だったが、毎週宿題がでる。例えばある週は、おやつをマインドフルに食べる。そして「呼吸を意識してアウェアネスをもって吸って吐く。」ある週は、電車で車両内の人を数える。クラスメートの中には、「車内で音楽を聞いたりゲームをするのを止めることで、マインドフルネス的なブレークスルーを経験した」と言う。周囲の人を観察することで、会社に着いた時、今という瞬間に存在している自分を感じることができたという。

8週間の講習が終わって、ある土曜日に、最後の授業として5時間のリトリートがあった。瞑想をしてヨガを行った後、持参したランチを公園が見渡せる部屋で無言で食べる。ランチが終わるとインストラクターが公園へ誘導し、30分間唯々歩行するという瞑想を行った。電話も会話もなく、唯今瞬間に存在すること。

この公園の近くに住む私はこれまで何百回と訪れたことのある公園だ。しかし、今まで全く気づかなかった側面を体験した。それは音。行き交う人々の無数の音が存在する。歩行瞑想が終わって、粛々と教室に戻り、片付けを行い帰路についた。自宅に着くまで携帯の電源を入れるという衝撃に自然と耐えた。

講座を終えて瞑想を行っているわけではない。しかし、iPhoneを見る回数、メールやウェブを見る回数は半減した。私の人生に僅かの、しかし深い影響を与えてくれた。これまではFacebookやニュースを見ていたところ、ただ座り、行き交う人々を見るようになった。街には匂いや音がある。これまでもあったはずのもの。しかしここのところその匂いや音がより味わい深く、より意味があることのように思える気がする。


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